正論を言うと嫌われる説

ついに、銀の匙の次回予告が消えてしまいましたね。

見た記憶が消し飛んでしまったのかもしれません。
衝撃的でしたので…

八軒くんの活躍に期待したいと思います。

そして、サムライフラメンコを見て、僕は後藤さんに泣きました。

こちらは、フラメンコガールの中の人に期待したいと思います。

さて、表題の話です。

全く思い出せないのですが、どこかで似たような思想を見て、とても共感したものです。

今、一番可能性が高いのは、夢に見た説です。

最近、妙に現実的な夢を見ることがあるんですよ。
もはや、夢でなくて現実なのかもしれませんけど。。。

例えば、いろいろやらかしてお金がないってところに、「ちゃんと貯金をしてるのか」みたいなことを言われると、機嫌が悪くなりますよね。

なりませんか(爆)

機嫌が悪くなるのは、痛いところを突かれたとか、図星であるとか、引け目を感じているという感じでしょうか。
不都合であることが、反発の根源と考えられるます。

たいした理念というか、理想というか、目指す方向とかないのに、ただ正しいことを述べるのに、意味があるかは、正直疑わしいです。
そうは言っても、何もしなければ間違いは改善されないとも思われますね。

そもそも、もっぱら人間に大してなのでしょうけど、嫌われるようなことを言わざるを得ないことになってしまうというのは、あると思います。

意志を持って嫌われることを言うって、勇気が必要ですよ。

僕なんかは、ほぼ最悪と想定される字体を見事に実現しちゃいますからね。

はは!

人間には、大して真実を受け入れる寛大さとか強さを備えていないと思いますよ。

強くなろう。

自分に合う形態と完成度

今週の土曜日から、銀の匙の実写映画が公開になりますね。

たぶん見に行きません。

僕の友達と、日本の農業について語り合った際、「銀の匙のアニメを見て、マンガでいいと思った」みたいな発言をその友達がしていました。

僕はですね、マンガを読む習慣がほとんどないこともあり、“マンガには興味ないけど、アニメをなんとなく見ている”って感じです。

俺って、何?

そんな私も、銀の匙に涙するようになりました。

どれだけアニメにハマっとんねん!

果たして映画はどうでしょうか。

僕の場合、アニメ2期分の時間と展開を積み立てて得た感動があるのだけれど、それに加えて映画がいい作用をもたらす感じがしなくてね…

決して、映画のCMの八軒くんに強くこれじゃない感を抱いているわけではありません。決して。

映画は時間が限られるので、特にいろいろな媒体に展開される最近の傾向から、“完全新作”が好まれると思います。

だって、映画で御影さんとのイチャイチャはじっくりできないし、駒場くんの甲子園への道なんてさわることすら困難でしょ。

そう考えると、当然に原作は本流で、アニメはちょうどいいところを抽出した感じてす。
見る側には、都合のいいものなのかもしれません。

そう、都合のよいもの。

私は都合のよい存在。価値がなくなれば捨てられる。

アニメも佳境ですんで、今晩の放送が楽しみです。

それでは~。