宝石

連休になると、不思議な行動を取り始めるオーバーです。
今日の午前に、セレブな目黒へ行って参りました。
目的は…
東京都庭園美術館

みんな行ったことがあるであろう、東京都庭園美術館でございます。
そこで、こういうものをやっておりまして。
ティファニー 1837-2007

ティファニーの宝石を、その一企業の歩みを通して紹介するという展示でございます。
ここには、高校生の頃に東京に旅行した際、立ち寄るも閉館していたという歴史を持っていました。
建物は、それそのものに皇族的な価値を有するものでございまして、内装などきれいに保たれています。
展示の内容は想像に難くなく、宝石が置いてあるという非常にシンプルなものでした。
来館者の数は結構多く、きちんと陣取って展示を見るのがちょっと難しい感じでした。
私の中では結構足早に回りましたが、このような展示を鑑賞するのは初めてだったので、面白かったですよ。
以下に、主な感想を列挙させていただきます。
1)ティファニーのデザイナーは、どういう心持ちで製品を作っていたのか。技巧的に優れたもの、とにかく高級なもの、もっと感性的なもの、など。
宝石という役割を考えると、どうもデザイナーの感性とか自己実現とかいうレベルでは、自分にとってあまりにも縁のないものであるため、ピンとこなかったというのが正直な感想になります。
ただ、展示されているものがそれぞれ美しく、どうにしろ誰でも作れるものでなく、それがティファニーの一品である価値は確かに存在するということがわかりました。
2)真に価値の高い宝石は、人を選ぶ。
2)の点に関してですが、私の感想に不愉快な気分を持つ方がいるかもしれませんが、それはシンプルな感想のひとつとして受け取っていただければ幸いです。
どういうことかというと、宝石が似合う人と似合わない人がいるということです。
単純に、高価な宝飾品は、手にする者の生活レベルに当てはまっていくという考え方が出来るんだと少し思った訳です。
誰でも似合うわけではない。宝石の飾りとして人間が存在してしまう可能性があるということを感じたのです。
ただし、高価な宝石が似合う条件は、生活レベルを絶対的な尺度としてるわけではないとも思います。
じゃないと、いつか出会うだろうシンデレラは存在し得ないから。
3)ブローチって、どうやれば似合うのかわからない。
展示物のジャンルとして、圧倒的に多かったのはブローチです。
ただ、ブローチなんていうものは、授業参観日にマダム的スーツを着た方が身につけているイメージしかないですからね。
あんまり、普段使うものではないということが、宝石という特殊な嗜好品であるということからもよくわかります。
とまぁ、こんな感じでしょうか。
嗜好品という性質が強いからこそ、その宝石に見る世界観は非常にあやふやというかわかりにくくなりやすいような気がしましたね。
とても面白かったです。
そして、緑の中で深呼吸をしました。
庭

秘密裏

ジャンボ。
気がついたら、母が家に上がり込んできました。
私は布団にもたれかかり(←あくまでも、普通に寝るときのように布団に横になってたわけではない)、気を失っていた間に、現れたようです。
なぜか、私は折りたたみの携帯電話を開きっぱなしにしていたので、あんまり音が出なかったためか、それこそ死んだような状態だったためか、電話とかに全然気がつきませんでした。
でも、以前に2度こちらにも来ているし、勝手に鍵ももっているので、迎えに行く必要性は極めて低いんですけどね。
夕食のため、近所のレストランに出かけました。
ちょっといいレストランです。
そこで、突然「happy birthday」の曲が演奏されました。
お客様の中に、お誕生日の方がいたようです。
僕は、拍手をしました。誰だかわからないままだったのだけれど。
忘れられない思い出になったでしょうね。
パンがお変わり自由なレストランだったのですが、パンを勧めてくる店員さんをないがしろにできない自分は、声をかけられるたびにパンをもらっていました。
全然知らんかったんですが、母親は日曜日中ではなく、月曜日の朝に帰るそうです。
そういうこと、なんで事前に言わないんだろうね。
レストランで、戦場のメリークリスマスを聴きながら考えることは、自分のクリスマスの予定でしょうか。
もう、決めたけどね。