自分の帰る場所を探して…

2次会後、段審関係かなんかで知り合いのお店に行こうということになりました。つまり、3次会へ発進です。国分町から離れるので、ふた手に分かれてタクシーに乗ります。私は、マスターと、私の1つ上の若いムードメーカー的な男性の3人で乗りました。
店に着きました。先に行ったはずの人たちがいません。
目的の店の前に来ました。
シャッターが閉まっています。
タクシーの中で、「店が閉まってたら最悪ですね」とか、「国分町に戻りましょう」とか、微妙な愚痴を言い合っていました。まさに、現実となったのです。
マスターが電話で連絡を取ってみました。
もう一方の団体は、国分町のラーメン屋の向かいあたりにいるそうです。
3人:「よし、戻るぞ!!」
そして、同時に「3バカ」という称号を手に入れました。
タクシー内でも、「やっぱり、国分町にしかないですよ」と、堅い誓いを交わしながら、他の人と合流。段審にも参加している人のお店で3次会となりました。
そこで、私の就職先のことを「3バカ」若い人が自身の仕事の関係上知っていたことが発覚し、なぜだかすごくうれしくなりました。
その後…
「3バカ」勢いはとどまることを知らず4次会に出発し、2時半まで騒いだとのことです。

そうして夜は更けていく

まさか、1次会が終わって7時なんて…
というわけで、2次会に出発です。家庭のある方のほとんどみんなは帰っていきます。つうか、1次会の締めのときに2割程度すでに帰っていた件。
着いたところは、国分町。まったく知らないお店です。なんと言えばいいか…いわゆるダンスパブとでも言えばいいのでしょうか。踊れる広いフロアがあるパブなんです。
入場料は一人3150円。ビールなど、ドリンク3杯頼めます。私は、もちろんウイスキー。
社交ダンスの類いなんて、やったことはありません。踊りの思い出といえば、高校の体育祭のフォークダンスが、私の学年から廃止になって、好きなあのことの至福の時間をかき消された辛さを味わったくらいです。
店になじみがある人に連れられてきただけあって、連れてきた側の人はなかなか器用に踊るわけです。孫が19とかのおばちゃんですよ。若いですね。
カラオケタイムもあり、客の歌に乗せて、客が踊ります。
ラテンの血が騒ぐのか、日本人の私もなぜだかテンションが上がってきます。
隣にいた私がバイトをしていた雀荘のマスターと、「こういうの踊れるとかっこいいね」とか、「人間は引き出しが多いほうがいい」とか、「できて損することじゃないよね」など話していて、その結果、踊ることに。
一緒に来た人とルンバのボックスステップを習います。最初は、思考と体が一致せず、なかなか難しかったです。休み休み踊り、3曲目にはほとんど完璧にステップを踏めるようになりました。
なぜか、いい年してるのに独身が多い段審の2次会参加男子メンバー。店内の指名ダンサーにレッスンを受けることに。指名料として、30分で1000円かかります。ちょうど、ダンサーが来たときに、肝心の習う人がいない。
ここは、私が…
巧みに動くダンサーに翻弄されます。
ダ:「私が自由に動くから、付いてきて」
と言われ、ドMの私はなすがままです。あっという間に終わりました。
何者かもよくわからんダンサーみたいな人とも誘われて踊ったり、またリズムに合わせて動き回ったり、サッパリピーマンなまま楽しく過ごすことができました。
思いもかけず、「リズム感がいいよ」などとほめられ、調子に乗ったぜ。
そんな中、「こういう店も今は風俗店なんだよな…」という、風俗店である麻雀店を営業する側からの寂しい意見も聞かれました。新風営法の影響が多大なものであるという現実が嫌でも突きつけられる一幕でした。
散々踊り、2時間くらいいてお暇することとなりました。
このような店を知ることなんて、今の自分の生活じゃあ考えられませんでした。だからこそ、ついてきた甲斐があったというものです。
そして、「やったことないんで」なんて言い訳をして踊ることを拒否していたら、新たな面白さを見つけることはなかったでしょう。ちょっとした勇気と挑戦心は、ガラリと見えるものの意味を変えていくものです。
最後に…
ダンサーがせめて25歳若かったら…と思っていたことは、あえて口に出しませんでした。